最近、本屋に行ってもつまらない。食指の動かない品揃えに、余計足が遠のいてしまう。おれが古典とか、自分の生まれる前に書かれた本が好きだからかもしれない。ほとんどの本屋は、新刊の品揃えがメインだ。新刊のほうが着実に売れるからだろうか。よほど気合の入っていない本屋さんでないと、古典の棚は狭いし品揃えも似ている。古典の品ぞろえがパッケージで提供されているのかもしれない、古典の棚をつまらなくした方が売上がよくなるのかもしれない、そういう効率化が進んでいるのか。不思議なもので、そういう効率で割りきった本屋さんには、客として行くと新しい発見はなく効率が悪いとも言える。
それでも日本国内の書籍はまだましなのかもしれない。古本文化のおかげで、古本屋に行けば新しい発見がまだある。それに、特定の紙の本がほしい時、神田神保町や古本屋で全く見つからない、ということは少ない。日本の古本屋、というECも発達している。
もう手に入らないのが洋書だ。少し前まで、大きな本屋には洋書コーナーがあった。好きな作家や有名な本を原書でも読んでみようかな、という探検をした。おれはそれほど英語が得意でないので滅多に金を落とさず、たまに1冊買う程度だったが。そんな客が多いからかどこの洋書コーナーもつまらなくなってしまった。雑誌とか絵本とかが多い。以前、職場の女性が「海外の雑誌を買いたい。読むんじゃなくてインテリアとして」と言っていて、なんて趣味の悪い冗談だろうと思ったのだが、どうやら本気の人たちが多いらしい。
海外からの観光客は多いのに本屋には寄らないのだろうか。そういう人たちが買うのが雑誌や絵本なんだろうか。おれは海外出張が多かった頃、知らない言葉しかない本屋に行くのが好きだった。シンガポールに行った時、中国系の書店に行った。その成人むけコーナーが楽しかった。官能小説のタイトルが漢字で書かれているのが可笑しかった。いまだに覚えているタイトルが「愛人攻具不備」。数日間にやにやしながらいろんな人に話したし、今でもにやにやしてしまう。
チャールズ・ブコウスキーの紙の本を少し集めている。まだ持っていないものが何十冊とあるのだが、この将来、滅多に手に入らなくなる。そう思って、今のうちに収集しておくことにしたのだが、日本国内では見つからなかった。
送料がかかってもよい、と思いUS amazonでまとめて注文したのだが届いた本の出来が悪い。おそらくオンデマンドプリントというやつで、少部数を印刷して製本したもの。酷いのが本文で活字がぼやけている。おそらく読むのに支障がない程度の低解像度でスキャンした画像を印刷している。レコードで聴くことを意図して制作していないのに、オシャレなつもりでレコードで発売された90年代のJ-POPみたい。複製の複製をアナログにしたおもちゃ。紙で読むテンションが少し下がってしまった。
もう、洋書は紙の本が手に入らない。USは国土も広いし紙の本を印刷して流通させるのが大変なのだろう。紙の本は貴重品だ。ようやく価値と、貴重さがつり合ってくるとも言える。