かっこ悪く、死にかけたことがある。
ある日の昼食後すぐに気持ちが悪くなった。だんだん、吐き気になり、トイレにこもって上も下も大洪水。なぞなぞの問題のような状態になった。熱も鼻水も出てきて、新型コロナ感染症の症状だと思った。彼女から離れて「うつさないように部屋にいる」と自室にこもった。
彼女は不思議そうな顔をしていた。昼食をせっかく作ったのに話もそこそこに、おれが部屋に入っていったので機嫌はよくなさそうだった。食器も下げてない。「ごちそうさま」くらい言ったか言わないかで去った。でも、それどころではない。
椅子に座って、何もできなかった。だるくて、本棚を眺め、鼻をかんで、咳をして、本棚を眺めるので精いっぱいだった。だんだん、腕や脚や腹や、肌を刺すような痛みがやってきた。ベッドに移ったが、ベッドシーツに肌が触れるのが不愉快で、結局椅子に戻り本棚を眺めた。
喘息のように喉がつまってヒューヒュー音がする。これは感染症じゃなくて、アレルギーの症状だと思い始めた。
どんどん喉がつまり息苦しくなる。こどもの頃、喘息で喉がぜいぜい言ったことを思い出す。
肩を上下させても息ができなくなるほど喉が狭くなった。もしかしたら死ぬかもしれない、と初めて思った。自室を開けたら人が死んでたら彼女は驚くだろうな。でも今、声かけて死ぬのを見せるのもかわいそうだし、彼女がパニックを起こすと余計大変だ、安心して死ねない。最悪このまま死んで、驚かせて悪いけど、あとで見つけてもらおう。目はあいているのに視界がバラバラと崩れて、眺めていた本棚の後ろから黒が現れた。何も見えなく、感じなくなった。
どのくらい経ったかわからない。一瞬のことだったかも知れない。息を吹き返した。トイレにこもって上も下も大洪水。肌の痛みは痒みに変わったのでベッドでのたうちまわりながら身体を掻きむしった。それでも呼吸はできた。
夜になって症状が治まってから、自分の食べた物とアレルギー症状で調べて、古い小麦粉が原因だとわかった。パンケーキ症候群というらしい。パンケーキ症候群のすえにアナフィラキシーショックに近い状態だったらしく、救急車を呼ぶべき状況だったとわかった。
パンケーキ症候群なんて、かわいい名前の症状で死ななくてよかった。おれがパンケーキ症候群で死んだとなったら、みんな、食べすぎで腹が破れて死んだと勘ちがいするだろうし。
死にかけて、いくつかわかったことがある。
死にかけた最後のところは、痛くも苦しくもなかったということ。苦しみや痛みは脳で感じる。死にかけると脳が働かなくなって、苦痛も何も感じなくなる。人間の脳はとてもよくできている。
あの時、本当に死んでいたのかもしれない。その後は余生だということ。もともとなかった時間を、おまけで使っている。
死にかけた後も、欲望と煩悩にまみれて生活している。あれ食べたい、これがほしい、いやらしいことをしたい、ろくでもないことも考える。ただ、叶わなくてももともと。死んでたかもしれないんだから。
嫌なことしたくない、面倒なことしたくない、布団から出たくない。でも、やればいい。死んでたかもしれないんだから。
自分の快適の優先順位が下がった。少しだけ、人に譲ることができるようになった。自分の扱いを雑にできるようになっただけかもしれない。
快も不快も表裏一体だということ。
自分が感じる快や不快を信用しなくなった。喉がつまって息ができなくなった時、視界の本棚の後ろから黒が現れて、苦しさも怖さも消えた。黒の中では快も不快も、いいもわるいもなかった。ただ何もない。
だから今、何かを「やだな」と思っても少し疑う。
要するに、考え方がシンプルになった。おそらく脳の一部が死んだんだろう。