歳を重ねて人間から妖怪になりつつあるおれだが、これでも人の恋愛を成就させる、キューピッドの役割を担ったことがある。
あれは早朝、乗客まばらな電車の車内だった。おれは前の晩から遊び疲れて、座席に座ってうとうとしていた。隣にドスンと座ったのが、外国人の男女。おれの左隣に女性、その左隣に男性。彼は手に紙袋に包んだ缶ビールらしきものを持って、女性を口説いているよう。話しているのは英語でもなく何語かわからなかった。それでも、彼がもう少し一緒にいよう、と言っているのは何となく感じた。彼女の方も嫌がってはいないのだが、短くあしらっていて、疲れているのか、しつこさに呆れているのか、そっけない様子。
彼の下りる駅が近づいたのか、急かし始めた。彼女は「また今度にしましょ」とでもいう口調。何て言ったか知らないが。
彼は思い切って彼女の太ももに手を差し入れて”I Want You”と言った。
彼が彼女にぐっと身を寄せて腕を伸ばしたので、その手は彼女を通り越しておれの左太ももを掴んでいる。
女を口説こうと汗ばんでいる大きな手の熱がジーンズ越しに伝わってくる。おれはビクッと目が覚めて、はたくようにして振りほどいた。
ちょうど電車が停車駅に着いた。彼は、彼女から思わぬ強い拒絶を受けたと思い、数秒黙った後、しょんぼり立ち上がって下車した。彼女は何が起こったのかわからない。さっきまでがんばって口説いていた彼が急にショボンとして去ってしまったので、心配になったらしい。彼を追ってホームに下り、彼の背中に手をおいて寄り添った。
電車の窓から見えるホームの二人はすっかり恋人の雰囲気だった。車内にはおれが取り残されて、左の太ももにベットリした湿気を感じていた。