仕事が終わって、まっすぐ帰りたくなかったので、映画のチケットを予約した。遅くに始まるレイトショー。映画館の最寄り駅に着いたのは早く、まだ1時間以上あった。食事を済まそうと近くの店に立ち寄ったが、入り口からにぎやかな店内を眺めていると「満席です」と追い返された。背中で聞くにぎやかな歓談はさみしいものがある。3、4軒目にようやくカウンターに座れる焼鳥屋が見つかった。
 
 狭いカウンターに独り客が並んで止まっている。その隙間に入れてもらえた。食べ物が出てくる前にビールを一杯飲み終えた。ようやく刺身や焼鳥が出てきた。狭いカウンターに皿を並べると、左隣の男性が灰皿をよけてくれて会釈を交わした。焼酎のボトルを水割りで飲んでいて、店員と「今日は串は後にする」と言葉を交わしている常連らしい。
 
 映画までに、頼んだ食べ物が全部出てくるか、厨房の動きを見てソワソワしながらビールをちびちびやっていると、左隣の男性が話しかけてきた。「会社の上司と食の好みが合うか」という話になり、彼が地方転勤になる度にその土地の美味しい店を研究し、出張でやって来る上司をもてなし、本社へ栄転する話を聞いた。「地方へ行かされるってのは、やらかしですよ」だそうだ。何度も地方転勤になったそうだ。しかし、またすぐに本社に呼び戻されるのだから、本人は「接待で人脈できた」なんておどけているが真面目な仕事をする方なんだろう。「地方行く前からガッカリして暗い顔した奴もいます。でも、その場所で楽しいこと見つけます」と。

 転勤で行った土地に再訪するのか聞くと「近くには踏み入れられない」と言う。その土地のスナックのママとできたのだが、本社に戻ることを伝えられず黙って別れたのだという。日本のあちこちに似た話がある。おれが感嘆していると、店員を指さして「ここでも言ってないから」と、人差し指を自分の口にあててうなづいた。

おれの映画の時間が近づいていた。映画と、この男性との話、どちらをとるか。「岐阜に隠し子がいる」と言い出した時は悩んだが、映画のほうも日本最終上映だというので、店を出ることにした。

 映画は駄作だった。それでもラモーンズが演奏するシーンには胸が熱くなる。その10分足らずの為に、つまらないコメディパートを寝てやり過ごした。その日はジョーイ・ラモーンの誕生日だったそうで、映画館はいい雰囲気だった。

映画館を出て、焼鳥屋のほうへ戻ることはしなかった。地方へ行かされる度に、その場所で楽しいことを見つけてきたあの人は、まだ飲んでいただろうか。おれにも、ラモーンズの10分があった。