英語の教科書で最初に習った「This is a pen.」は実際の会話では使わない、と時々言われる。おれは使ったことがある。

海外出張の多い仕事をしていた時、ドイツの空港で乗り継ぎを数時間待つことがあった。そこで街に行ってみたくて手荷物検査場を出て駅まで行ったのだけど、乗り方がわからず勇気は出なかった。空港のまわりをふらふらして、時間を持て余して空港に戻った。

 再び手荷物検査場を通る時、プラスチックのトレイに、ポケットの中身を全部出した。すると係員が「オー・マイ!」と言って後ずさりした。隅に控えていた軍人がライフルを引っ提げて寄ってきた。係員がトレイの上を指さす。ライフル弾の薬莢があった。それはスペースペンという、キャップをすると薬莢に見えるデザインのボールペンだった。我ながらバカなことをしてしまった。手荷物の筆箱に戻しておけばよかった。

キャップが取れることを説明しようと思って、おれがトレイに手を伸ばすと、軍人がけん制する。軍人の人数も増えて、囲まれてしまった。拙い英語でなんて説明しようかと思った時に、何とか口から出せたのが「This is a pen.」だった。身振りでキャップを開ける仕草をした。軍人がキャップを開ける。文房具だということはわかってもらえたようで、人だかりはなくなった。

ほっとして、トレイの物をポケットに戻そうとすると、軍人が再びけん制した。軍人が舌足らずな英語で「飛行機の中で、おばあさんが見たらびっくりするだろう」と、機内に持ち込めないと言う。持ち込めないのはわかった。でも、捨てるのはもったいない。貰ってくれないかと軍人に頼んだが、「実弾と間違えたら命取りだから持たない」と言う。もっともだ。残念ながら、そのボールペンとはそこでお別れをした。